曇り/体調:だるい
やることが……やることが多い!

真面目に詰めるほど気合が乗らないんで、やればSランク報酬もらえるなら、やるかあ……くらいの気合でやりました。ライトボウガンだと上手い人でも6分とかなんで、僕にしては頑張ったでしょうと思います。
読んだ、観た。
『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』5話 ニャアンはキラキラを知らない

僕は意地悪な視聴者なのでサブタイトルの意味は「だから私の方が上だしシュウジにも近いんだ」って言葉が続くと思ってるぜ!!(マチュの友情をピュアに解釈するにはこのサブタイがノイズだと思います)(ニャアンからの友情は地球に一緒に行く決意のレベルだから相当にピュアだと感じる)
「シュウジ、人が死んでも平気そうだった」わざわざこういうセリフが出てくるという事は3話で首をはねられたザクは死んでないって解釈していいのかしら?
学校でのマチュをキラキラした目で眺めている女の子ファンの描写。ニャアンとマチュのデートみたいな日常の描写。露骨にエッチなシュウジの胸周りの描写。思春期の子供であることをことさらに強調する。それはそれとして、マチュの嫌な面を強調する意図も感じる。ほぼ無意識に「自分はニャアンよりエラい、エラいからニャアンを守ってあげる」行動を取ってるんだと思う。マチュの主観、多分「あたしがニャアンを庇ってやったのに、なんでシュウジと一緒にいるの?」ですよ。
ニャアンは人が死ぬのを全然恐れていないのが絵にされましたね。「マチュは言うほど狂犬じゃない」、マチュは脱いだ制服を畳むし、ドーナツの食べ方だって綺麗だもの。マチュが狂うにはここから一つ悲劇がいる。だから7話くらいでポイントオブノーリターンがあるよ(オメガサイコミュが牙をむくのがそのあたりではないかと思います)。
対比として退役軍人たちを仇役にしてるのもうまくて、マチュやニャアンがここで人殺しを覚えた先の未来なんてどこにもない。他の生き方を探すしかないことを強調してると思う。もしかするとマチュたち3人のうち、その生き方が出来るのは1人だけくらいの意味かも。なお恋愛に関する僕の理解は小学生男子レベルなんでなにもかも間違いの可能性はそうとうに高いぜ!!(自分を信じない)
しかし「まともっぽさ」が描かれることが最悪のアニメだ。どう言い繕っても、ジオンも軍警も連邦もクラバもまともではない。このアニメの中のまともっぽさは、まともっぽさに偽装された別のものだ。
『ビブリア古書堂の事件手帖』2巻
あっ、知ってる空気、僕のイメージしていたビブリア古書堂の事件手帖はこんな感じにだいぶ後ろめたい空気が流れる結末んだけど、表紙と文章の雰囲気はそうでもないやつです!!
おそらく作品世界のラスボスである栞子さんの母親が仕向けた犯罪の話がでてきます。人が死んだりしていないけど思ったよりもしっかり邪悪の話が出てきてちょっと怯んだ。1巻の「人を殺してでも本が欲しい」って短絡的な悪役よりも、今回の「本を手に入れるためにどれだけの知恵を巡らせることができるのか」って話のほうが体感する邪悪の濃さは上に感じられましたね……。
全エピソードが邪悪なわけではなくて、元カノの話なんかはしっかりほっこりエピソードになっていたのでさじ加減がコントロールされているのを感じる。



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