2021/03/12

晴れ/1025hPa/体調:朝きつかった午後復調

調子は戻ってきた感じ。午前中まで調子悪かったのは気圧変化・気温の変化に負けていた気配もあります。

聞いた時唖然としてしまったし、現実が終わった様に思えたし、直前にかぐや様は告らせたい読んでたのも悪かったな……って言う。

この宇宙で、こんな台詞言っていいの小学生だけですし、それを言うことそのものがアプローチとして機能するので「美しい台詞」だと思ってしまった。

こう言うヴィヴィッドな感性から生まれる台詞を聞くと、わりと打ちのめされます。子供が実際に言いそうな台詞をトレースする能力、だいたいの大人には失われているから……。

それが極端にうまい人間が書いている漫画が『よつばと!』でありますね。どのキャラを見てもトレース力が高い。

『よつばと!』の感想を整理するのがあんまりにも難しくて詳しい感想を書いてなかったんですが、本当にいい作品ですよ。
なにがすごいってこの漫画、幼稚園児が小学生と石を拾っているだけで面白いんですよ。じゃあどうして面白いのかを真面目に考えないと『よつばと!』がなんで面白いのかを言語化出来ないって言う。

総合的な漫画力がめっちゃ高くないと書けない漫画なので、僕よりも解像度の高い漫画ファンが喋るところ聞きたい気がする。

正直もうここで話を終わらせるべきではと思いつつシン・エヴァです。

第三村ではトウジのジャージを着た姿で他人を拒絶しつづけるシンジ。彼にケンスケとアスカの用意した食事を、綾波(6)が届ける。と言う構図が繰り返されます。ここに他の人物が介入する様子はありません。

これはQで綾波(6)の元に愚直にシンジが繰り返していた「本を届ける」と言う行為が戻ってくるシーンだと考えて良さそうです。相手が喜びそうな事を行ってあげたい。
これはQ作中でシンジが唯一能動的にやった行為ですし、好意と言うよりは善意の反映だと思っています。人はどんな状況でも善意を行動の基準に出来る。

『そもそも綾波型はシンジに好意を持つように制作された生物である』と言う話がアスカから出ますが、綾波(6)は「そう。でもいいの」とあっさりと断言する。これは「他人に与えられたものだとしても、自分の感情である以上は自分のもので、それを自由にしたい」と言う話なのだと受け取りました。

この「好きなものは好きだから」で通してしまう綾波(6)の感性のあり方はおそらくシン・エヴァ最大のポイントだと思います(たぶん後述すると思う)

綾波(6)が示す好意と善意(これはQでシンジが作り上げた財産と言っていいでしょう)が、周囲と壁を作っていたシンジの本音を吐露させるわけです。

「どうしてみんなそんなに優しいんだよ!」
「みんな碇くんが好きだから」

これはエヴァンゲリオンが25年かけてようやく示してくれた一つの真実なんですよね……。
シンジに優しくない人、エヴァ本編では実はあまりいない。
そもそもシンジにそんなに興味がない大人はたくさんいるんだけど、別にみんなシンジに死んでほしかったり苦しんで欲しかったりする人は別にいないわけですし。同級生たちは「碇シンジが世界を守っている」「それはそれとして碇シンジは自分の仲間である」みたいなかなり健康的な付き合い方に成功してたわけです。これが成立したのはそりゃ、碇シンジが好きだからって理由なわけだったんですよ。

これは僕自身、まだこの文章の向かうゴールを決めてないのに口走るんですけどもし庵野秀明が「癒やされるような事をしなさい」「まともな大人や友達と生活しましょう」しか言ってくれないとしたら、その先には絶望しかないんですよ。僕は、僕は、碇シンジには碇シンジとして幸せになって欲しいんだよ……「変わらなきゃいけない」だとか「現実で生きなきゃ」だとかはアカネちゃん一人を救うために神を殺した『SSSS.GRIDMAN』に任せればいいし、「世界よりも君を選ぶ」が結論なら少年が神の意志を捻じ曲げるために銃を握りしめて走り出す『天気の子』見るし、理想をなすために現実を改変するロボットものみたいなら『グランベルム』持ち出しますよ。この25年あれこれ読んで見てきた僕にはそういう事言い出す権利があるんですよ! 庵野秀明が今更25年もかけてエヴァンゲリオンでやんなきゃいけない事なんて現実としてもうほとんど残ってなくて、そんなものがまだ残ってるとしたら碇シンジが笑ってエヴァンゲリオンにさよならする事だけなんですよ。今はもう世界よりも君よりも、その話の主人公がどう幸せになったかを気にするのが、僕の世界観なんですよ。庵野秀明お前は碇ゲンドウなんか救ってやる必要はない葛城ミサトも置いてきぼりにしていい碇シンジを碇シンジだけを救い出せそれがお前のセカイの決着だろうくらいの感情はずっとずっとあったんですよ……。

世界の中で僕だけは少なくても碇シンジに対してそういう気持ちでいたのですが、「みんなが碇シンジを好き、だから碇シンジはその好意を受け取って幸福をすごしていいんだな」と言う事を、庵野秀明が作中台詞で言ってくれるまで25年! この25年間作中で碇シンジの事を好きと言う言葉の主語が個人じゃなくなるまで25年。長かったな25年。

こうして碇シンジはこれをきっかけに「他の人間との共同生活」に復帰するわけです。シンジは当たり前に「仕事」をするんですよね(なおアスカはずっとワンダースワンしてるし、綾波(6)は農業を中心とした「昭和の村の女性の生活体験」を続けます)。
そもそもシンジは14歳にして「こんなに美味しい料理が出来るなんて」と周囲に驚かれる逸材。おまけにチェロの演奏は出来るし学力も低くなく、エヴァンゲリオンの操縦も出来る人物。元気になった碇シンジくんが働かない理由は、本人の中にはないので洗い物とかの家事も含めてなんでもやっている様子がちらっと描かれました。

元気なシンジくんを見るのは破ぶり。
この労働の内容に「釣り」が含まれていて「やったことがない」と拒否するのが印象的だし、そこで失敗経験を与えてから「そういう事もある」と諭すケンスケも印象的。14歳の人間の失敗経験なんて限られているし、ましてや「失敗したら世界が滅びる」状況で戦っていた人間にとって「失敗してもあんま気にすんな!」と言う態度そのものが新鮮なんだろうな……と言う気分になる。

そもそもケンスケがやたら具体的な行動指示(それを実行しても死なない行動指示)をシンジに与えているところがエヴァンゲリオンでもっとも新鮮な場面の一つかもしれない……。思い返してみるとシンジがこんなまともな行動を指示される場面、エヴァンゲリオンと言う作品には今まで1シーンもなかった……。

(余裕あったらあとで書くところなんですけど、エヴァンゲリオンの「新しさ」に貢献していた要素同時代性には「マッチョさの回避」がかなり特色だった印象があり、ケンスケのマッチョさはわりと面食らいますね。アスカとの関係性の話をするにしても、これはそこそこ重要な要素であるように思えます)

しかし第三村は楽園ではないわけでして。この生活は時間制限があるんですよね。
こう言うところも時間制限を設けちゃうのは庵野秀明の人生観なんだろうし、エヴァンゲリオンの嫌なところだよ。

今日も文字数2000が見えたので続きます。いつまで続けるんだこれ?????

ルーインブレイカーズ


オンセをしております。参加しているシナリオはこSSS収録されている「忠臣の日の忠臣蔵イベント」です。なに言ってるんだかわかんないんですが、僕は今回HO2で主人公を担当しているのでシナリオ読んでません。

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ファーイースト・アミューズメント・リサーチ(Far East Amusement Research)

しかもやっている感じ、別にギャグシナリオと言う感じもないので味が凄い。
なお僕のPCは「ライフパス《憧れのアカデミー》《魔性の血》《仕組まれた事故》」を持つ「主人公」の少女です。ものすごく「事件に関わっているだろうあんた!」感強いライフパス振っちゃった。

ライフパスだけ振ってゲームコンセプトに忠実なキャラを作る事が出来るのは、やっぱりゲームコンセプトがいいんだなあ。

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