2025/10/03

晴れ/体調:まだつらめ

友達と出かけた。

読んだ。

『ゴリラ裁判の日』

カメルーンに生まれた手話のできるゴリラ・ローズは色々あってアメリカの動物園に入ることになります。しかしそこで得た彼女の伴侶は、檻に紛れ込んだ人間の子供のせいで射殺されてしまうのです。ローズは悲しみに暮れ警察を呼び、ついには法定で動物園を訴え、敗訴します。ゴリラはどこからきたのか。どこへゆくのか。

――まずこの本を読む前に、想像して見てほしいのです。仮にゴリラが勉強したら人語を身につけられると。そのゴリラはあなたとも会話が可能であり、恥じらう心を持って社会で暮らし、他人を傷つけるような愚かなことをすることはなく、人を楽しませるユーモアさえある。そのゴリラが社会について問う。司法は人間のためにあるのか、と。『ゴリラ裁判の日』はそうしたことを大真面目に描いた法定物語であり、同時にローズという一人の人間を描くヒューマンドラマです。

この本を読んで「そもそも人間性とはなんなのか?」を考えた人は山程いることでしょう。しかしこの本が同時に問いかけているメッセージはおそらくもう一つあり「では人間性のあるゴリラはゴリラではないのか?」がそれです。それを真面目に考えないのは、この本の読み方としては片手落ちであると考えています。

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