2022/10/12

晴れ/1029hPa/体調:普通

昨日活動的に動いたわりに疲れが出ない。

もう少しでスプラのヒーローモードクリアできそうなんですけど、あの最後のウルトラハンコなんなの、正直突然あんなもの渡されても墜落死するだけなので、なんとか他のクリア方法ないか……? みたいになっております。

読んだ、観た。

『本好きの下剋上』7巻

第二部終盤。いよいよ暴力がマインだけではなく、家族や友人の元にまで届いてしまう。神殿長、実務能力がない権力に傘を着せるまではまあ許すとして、実行している犯罪の数々がどれも全部許されないので処分しないとならないんですよね。マインもけっこう倫理の基準が狂っているから「そもそも人身売買が許されない」って発想の行動はない。

ここで一度「マインは死ぬ」んですが、「死」のテイストが思ったよりも重い。命が軽い、赤ん坊がちゃんと育つ事の方が珍しい出産事情を描いたあとで「体の弱い子供、いつ死んでもおかしくないマイン」の死に『家族や大切な人だけが苦しむ』んですよね。

そしてマインの「大切な人」の基準はやや厳しくて、例えばフリーダの元なんかには祝福が向かっていない。マインの愛には限りがある事がけっこうはっきりと描かれているし、そこが今後『貴族』としての生活における伏線になりそうな気はする。

もう少し本の話をしてほしいのだけど、バトルパートだとなんか死生観考察みたいな感じになってしまう。

『チェンソーマン』1話

チェンソーマン

MAPPA、ここまでやれとは誰も言ってないんじゃないかな……というくらいに、とことんやってきてビビる。なにもかもクオリティが高すぎる。どうなってんだこれ。OP映像だけで芸術作品として扱われるだけの価値がある……。OP映像は大量の映画のオマージュだし、かつ映画好きのタツキ先生本人の作品のセルフオマージュでもあるような描写無数にある。

と言うかこの映像みてくださいよ。黙ってみてよ。

正直、これを見てからなにか書こうと思っても「画面に圧倒される」以外の感想が全部蛇足に思えてきて書けることないんだわ。

あと本編の感想から少しはなれますが、チェンソーマン作中の『犬』と言う言葉はやや悪い印象に解釈されている事が多いように思います、「犬みたい」と評されるデンジのとことかね。しかしそれならどうして「デンジの友達」であるポチタが犬モチーフであるので「幸福の象徴」「友達」であるのも織り込まれているように感じる。おそらくは「人間の友」であるはず。

デンジがポチタを失うと言う事は「生きる理由となってくれたポチタを失う」なので、1話最後のシーンのデンジはマジに生きる意味がなくなっているし、そこにマキマさんが「生きる意味、すなわち幸せを与える」物語であるんですよね。犬としての生活だし、実際デンジはべつにそれが苦痛だとは思っていない。愚かな生き方かもしれないが、不幸せではない。全部のキーワードにこういう解釈くわえていくのか? 文字数がひどいことならないか? お前はいつもそう計画性がない文章を書く。

コメント

タイトルとURLをコピーしました