2021/03/18

晴れ/1022hPa/体調:あんまり

わりと強めの抑うつ状態。自身の問題もあるけど複合的な問題が生じてわりと立ち直るのに時間がかかってたので今日は色々と整理できてないです。
片付けはなんだかんだしていて「押入れの中身を丸一段くらい始末」するのには成功しました。これで動かせない本の収納場所くらいは作れたはずなので、収納について向き合うところまでこれた感じがします。

シャイニングニキ始めるかどうか大真面目に悩んでます。
インストールはしたので、これから動かしてみて考える……。

あまりアスカの事を話していない

あの村、あれだけ昭和の世界なのに一つだけびっくりするくらいユートピアなところがあって、それは「普通じゃないこと」を責めてこない事です。綾波がプラグスーツ農業しても脱がされませんからね。風呂にプラグスーツで入るのはやめてと言われるだけで。碇シンジに対する態度も同じで「碇シンジがどんな個性や来歴の人間であっても、個性や来歴で責められる事はない世界」ではあるんです。

「他者と関わってみたい人間にはその機会を与えているし、他者と関わることが苦手な人間は無理しなくていい」「そもそも碇シンジがあの状態でいる事に村人はほとんど文句をつけない。むしろ喋るのがどうしても嫌なら、それは仕方ないと認識されている」、ちょっと前にも考えた「ケンスケが普通じゃない事をしていても、重宝するだけ。迫害されている様子がない」のもこの文脈に入れて良さそうかも。別に好きな人間が相手でなくても、その程度の配慮がされる(無関心を貫ける)社会と言うのは「庵野秀明が望んだ世界」という気もちょっとします。「他人もそうだからあなたもそうしなさい」が存在しない昭和。

その環境に「馴染まない」事を選択するのはかなり攻撃的な選択で、それはアスカというキャラクターに託された子供らしさであるとも感じられています。僕はケンケンが「唯一の村との扉」で、そのケンケンに愛着を抱いてしまう式波アスカ(14年後)、これは「加持リョウジに恋した惣流・アスカ・ラングレー」ではなくて「一番身近な異性である碇シンジに恋した式波・アスカ・ラングレー」らしさを感じたのでわりと腑に落ちる。落ちるんだけど……いまだに僕に恋愛の話はわからないので……「そういう感じでくっつく事もあるよな」と言う感覚は僕にはまったくない。前にそこそこ遊んでいるリア友に「お前が今までの人生でモテたことがないというのは、ガチにお前が全然他人の好意を受容する能力がなかったので気がついてないだけで勘違いだぞ」とドン引きした顔で何分もお説教を食らった始末なので本当にどうしようもないんだと思います。

だからごめんなアスカ、僕は結局、お前の恋心が全然わからないんですよ……。たぶんシンジに対するアスカの気持ち、「無視できない相手だから」こその芽生えただろう感情、それはなんとなくシンパシーがありますよ……だから14年前に「碇シンジが式波・アスカ・ラングレーを助けしなかったし殺しもしなかった」事が許せないのはすとんときたよ……「あんな状況、シンジくんに決断できるわけないけど、シンジくん以外に決断されたくない」と僕は思ったし、そのタイミングを見計らってダミープラグが起動したし。

イナジナリーエヴァンゲリオンが出現後現れる彼岸のアスカ、あれはEoEの惣流アスカラングレーなのか、それとも式波アスカラングレーなのか、それともアスカという概念そのものなのかもよくわかってない。もしかしなくても、僕はアスカの事を全然シン・エヴァ見終わっても咀嚼できていないのか……辛い……。

ただ彼岸のシーンも本当に好きなんですよ……。あの状況で僕ら「観客」の目に見えた景色があの彼岸、そこでシンジとアスカの交わす言葉が「好きだった」なのはやっぱ美しいものを見た気持ちになれます。このシーン、TVから始めた映像のエヴァンゲリオン作品の中で、はじめてアスカが明確に受け取れた「好き」じゃん……! アスカはずっと僕らには「アスカ好きだよ」って言ってもらえていたけど、作品の中では全然で、だからこのシーンは好きになってしまうんですよ……。この映画、みんながアスカの事が大好きだよって話でもあるし。

結局、アスカがなんであっても(比喩でもありそのまんまの意味でもある)アスカが好きな人はたくさんいた。もうそれが結論でよくないか。これ以上考えなくていい気分になってきた。

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